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鉢呂大臣辞任問題 「大臣の言葉足らず」と「幼稚な記者」

政治家や民主党を擁護する気はさらさらないが、今回の大臣辞任問題については、さすがに報道の客観性に欠けていると思う。菅前総理大臣を馬鹿報道していた調子で、潰してはいけない大臣を潰してしまったと思うからである。

 経済産業大臣を辞任した鉢呂吉雄氏だが、「死の町」発言や「放射能をつけちゃうぞ」発言のマスコミ報道ばかりが先行しすぎるばかりで、鉢呂氏が福島のために自ら動いていたことについては、ほとんど報道されていない。

 経済産業大臣に任命されたのだって、鉢呂氏の福島での活動が加味されてのことだったと思う。鉢呂氏は、東日本大震災後の福島にとっては、最大の尽力者の一人であることをご存知であろうか?

 8月25日に福島に入り、学校1マイクロシーベルトを0.5マイクロシーベルト、周辺を1マイクロシーベルト以下に提言したのも、子供たちのためにクーラーの必要性も訴えたのも就任前の鉢呂氏である。

 『彼ほど大臣就任以前より福島に入り、福島の状況を知り、中途半端な政府指針を行動により改善していった政治家を彼以外は知らない。表に出ることもなく、ただひたすら子どもたちの為に動いた。俺はそれを知っている。残念でならない。。。』

 『昨夜から鉢呂支持の福島県民からのツイートがスゴい勢いで届いている。発言は不快だったが辞任するほどではないという人が一人いたが、鉢呂辞任を支持する人はまだいない。マスメディアの報道とのギャップは気持ち悪いほどだ。』

とツイーターでは鉢呂氏を擁護する発言が多い。

 「放射能をつけちゃうぞ」発言を問題化したのは、毎日新聞の記者のようであるが、この記者がやったことは、発言の「揚げ足」をとり、この発言を自分の「とくダネ!」にすることにしか頭が働かなかったということだ。この記者こそ、報道に携わる資質、資格が無いのではないか?と思う。

 この毎日新聞記者は、鉢呂氏の表には見えていなかった福島での行動を見落としていたのではないか?、この記者は、政治家や大臣は、「所詮世間の実情知らずの人種」程度の認識でしか捉えていなかったのでないか?

 取材対象に対する事前の裏付け取材がしっかり行われていれば、「放射能をつけちゃうぞ」発言が事実だったとしても、この発言を記者の腹におさめることが出来たのではないだろうか?

 そういう意味で、この記者は報道人としては、幼稚で失格だと思う。この記者こそ、きちんと釈明すべきではないだろうか?

 「死の町」発言だって、大臣の発言としては、この言葉を単独で見れば失言かもしれないが、誰もいない町の状況を捉えて、まるで「死の町」のようだと感じる感覚は間違っていない。

 一番問題なのは、マスコミが報道によって鉢呂氏を悪者に仕立て上げ、センセーショナルに報じることで自分の利益にすることを優先したことであり、大臣の辞任という政局をマスコミ自体が生み出したことである。

 鉢呂氏の「言葉足らず」と「マスコミの取材足らず」が目立つ事件だと言える。大臣がもう少ししっかりした発言をしていれば、辞任する必要は無かったと思われる。

 ネット上では、発言問題と辞任で鉢呂氏を揶揄する記事やブログのオンパレードだが、報道を鵜呑みする怖さを再認識したいところである。

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