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2009年4月

売上ノルマと利益ノルマ

サブプライムローン問題に始まった金融危機から、世界同時不況へと進展し、この同時不況下で、売上の見通しが厳しく、どこに売上高のベースを置いて良いのか判断に苦しんでいる経営者が多い。

売上の見通しが厳しいため、日々掛かる固定費(人件費・諸経費)は、予算を組む段階で対前年同額ベースか、それ以下で予算を組んで経費節減に励む結果になっているケースが多いのではないだろうか?

会社によっては、ノー残業デーを設けたり、昼休みの事務スペースの消灯、会議資料削減によるペーパー削減、ワークシェアリングなど、様々な対策を講じて、売上ノルマの達成と経費削減などによる利益確保を図ろうとしている。

こんな環境下でも、やはり売上ノルマが評価指標になっている。

会社にとって、利益ノルマを指標に評価しようとすると、売上に対する経費が意外と掛かってしまっていて、利益率が低くなっていることがほとんどで、そられの言い訳をしなくてはならなくなる。

だから、「売上が上がれば、それに応じて利益も上がっている。」との前提で、売上の数を増やすこと(売上ノルマの達成)に努力する訳だ。

しかし、これを利益ノルマの指標を変えたとしたら、会社は、判っていて放置していた問題にメスを入れざるを得なくなるなど、売上ノルマの影に隠れていた問題を直視しなけらばならなくなる。

そうなると、経営者は、問題にメスを入れたことに対して、結果責任を負わなくてはならなくなるのだが、起業者ではない経営者って、自分の在任期間中に自分が経営責任を問われるよな問題は起こしたくないのというのが本音で、従来どおり、売上ノルマによる管理が安全ということになってしまう訳。

利益ノルマという考え方が浸透しにくい要因は、様々あると思うけど、最大の要因は、経営者の感覚の問題ということになると思う。

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「ら」 抜き言葉

「見れる」、「食べれる」などの「ら」抜き言葉を耳にしたり、書かれたりしていると、私は、すらっと聞いたり、読んだりするにはするのだけど、なんか違和感を覚えてしまうのね。

特に、本などの文章で「ら」抜き言葉を発見てしまうと、きちんと校正しているのかと疑問を持ってしまうのだ。

会話やブログのコメントなどで話ことばとして、「見れる」、「食べれる」と言われたり、書かれたりしていても、会話だから(運用語として)いいやって思えるのだけど、正式な文章で「ら」抜き言葉を許容してしまったら、どこで文法の正しさをカバーするのだろうって、思ってしまう。

たしかに、「見れる」、「食べれる」という言い方は、一般的に通用し、助動詞「られる」のあいまいさを緩和する働きがあり、日常当たり前のように利用されてきた経緯がある。

だから、「文法的におかしい」という非難は的外れの考え方で、言葉は時代と共に変化していくから合理的な変化であれば容認されるべきとの考え方があるけど、学校などの教育現場で「ら」抜き言葉を文法として認めている日本語の文法書ってあるのだろうか?

いつか、「ら」抜き言葉が文法上も正しいと言われる時代がくるかもしれないけどね。

でも、この言葉の省略って何も日本語だけの話じゃないんです。

たとえば、英語で「do助動詞」というのがあるんだけど、英語の平叙文で、実際に中世ごろまで使われていた。

I (do) make money on the bicycles on Sunday. 日曜日、競輪で儲ける。

「do助動詞」「~する、~である」という意味だから、一般動詞の意味と重複してしまうため、省略した文体に統一された。

ただ、「do助動詞」平叙文から省略されたことで、助動詞として本来持っていた「話し手の主観的な判断(~と思う。)」というニュアンスが消えてしまったのだ。

つまり、「do助動詞」が省略された一般動詞だけの平叙文では、話手の判断を伴わない「客観的な事実(~である。~だった。)」をあらわすようになった。

これを、「ら」抜き言葉に重ね合わせてみると、「~られる」にすると「可能表現」「受身表現」「自発表現」「尊敬表現」に分かれるが、「~れる」にすると「可能表現」に統一される効果があり、英語の平叙文「do助動詞」が省略されることで「客観的な事実」をあらわす文体に統一されたパターンに似ているとも思えるのである。

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法律力について

法律センスのことをリーガルマインドなんて言ったりするけど、

たとえば事例で

「Aさんから愛人Bさんに建物の贈与がありました。でも、さらにAさんは、友人Cさんに、この建物を譲渡していたなんてケースで、A、B、C間での建物の所有権はいずれにあるか?」を説明せよ。なんて問題を検討する場合、

問題を整理すると、

①まず、AからBへの建物の書面によらない贈与契約は履行が終わっているので、民法550条(書面によらない贈与の撤回)の但し書きによって、AはBとの贈与契約を取り消せない。

②そうだとしても、この贈与は、Bとの愛人関係維持のためになされたもので、民法90条(公序良俗違反)によって贈与契約は無効となる。

③でもね、判例では、民法708条(不法原因給付)によって、AはBに返還請求できず、その反射的効果として所有権はBに帰属するとするとされている。

これで、愛人Bが建物の所有権者となる。→ A対Bの権利関係がハッキリした。

④ところが、AはCにも、この建物を譲渡していたので、BとCは二重譲渡の関係にあることになる。

⑤さて、そこで、BとCの関係は、民法177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件)で整理することになるのだが、Cが知っていた点で177条の適用を排除できないかが問題となる。

(補足)ある事実を知っていることを「悪意」、知らないことを「善意」という。

⑥Cが、単にAがBに建物を贈与していたことを知っていた(悪意)というだけでは、判例のいう背信的悪意者にあたらず、177条の適用を排除できない。

⑦それで、この二重譲渡においても177条の適用により、BC間の建物の所有関係は、先に法務局に建物所有権登記(対抗要件)を備えた方が所有権者となる。

登記の先後で優先する者(所有権者)が決まる。→ B対Cの権利関係がハッキリした。

これで、事例に対して、法を適用し、権利事実を明らかにすることができたわけだ。

上記のような愛人事例は、ビジネスの中で出会うことはほとんど無いと思うけど、以上のように、法律で問題解決を図ったり、法律を学ぶときには、「法的思考力」「法解釈力」の2つが求められる。

「法的思考力」は、論理的思考力バランス感覚利益状況の把握力の3つに分解できる。

そもそも、法が適用される場面というのは、上記事例のように利益の対立が発生している場面である。

「法的思考力」は、利益の対立をバランスよく解決し、論理的に説明するために必要な力である。

一方の「法解釈力」は、条文の趣旨を正確に読み取り、事象に適用する力ということになる。

51ppuwc2bdl__ss400_ 「法的思考力」「法解釈力」の2つのことを「法律力」として、分かりやすく説明されているのが、「法律力養成講座(荘司雅彦 著)日本実業出版社 刊」である。→憲法など六法について原則を解説している。

高度な事例解釈は要求されないまでも、社会人として、職場でのトラブルや売買契約でのトラブルなどに直面したとき、法的に見てなにが問題か、解決策かを少しでも考えられるように「労働基準法」「民法」の基本的なことは、最低限理解しておくべきだと思う。

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「目標達成」と「信念」

41vous1l__ss500_ 2日前の「運命か?、努力か?」の記事の最後で「1063人の収入を60日で41%アップさせた-目標達成する技術」マイケル・ボルダック著、堀江信宏訳について、一言書きだったので、少々書いてみる。

成功は80%が心理面、20%が方法論(技術的なもの)によるというもの。

こまかい話は、他のブログやAmazonのレビューなどで語りつくされているから、本の概略はそちらにお任せするとして、

この本の第1章から第5章まで読み終えて思ったこと、一番何が大事かって、それは、「信念」だと思う。

確かに「信念」は、事実ではないけれど、「実現したいんだ」「こうなりたいんだ」という前向きな思いであり、その「信念」をもって、事に臨むか、臨まないかで、「行動」の質が全く違ってくる。

特に、「信念」の質の違いは、困難な場面に遭遇したときに、明確に現れる。

「信念」が弱ければ、折れて諦めに進む確率が高くなるだろうし、「信念」が強ければ、諦めずに、何らかの突破口を見出して、「なにクソ」と頑張って、「目標」を、「信念」を達成する確率が高くなるはず。

だから、何らかの目標を抱いて、始めたにもかかわらず途中でやめてしまったとすれば、それは、「信念」が足りないということなんだと思う。自分を信じられていないってことでもあると思うね。

ことわざに「思う一念岩をも通す」というのがあるけど、まさにこれなんだと思う。

【余談】

この本のタイトル「目標達成する技術」ってなってるけど「目標「を」達成する技術」になるはずなのが、「を」抜けになっちゃっただけなのかな。それとも狙いなの?

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「人間の究極の幸せ」

2008年11月放送のカンブリア宮殿で、日本理化学工業(日本国内の「チョーク」の30%を生産)の会長の大山泰弘氏が「人間の究極の幸せ」について話していた。

本放送時にパソコンの地デジで見ていたので、タイムシフトを戻して、4項目をテキストエディタでメモって保存した。

「人間の究極の幸せ」は4つある。

1つ目は、愛されること

2つ目が、褒められること

3つ目は、人の役に立つこと

4つ目が、人に必要とされること

愛されること以外の3つは社会に出て働いてこそ得られるものである。とのこと。

これらは、社員が伸び、会社が発展するために必要な要素だと思うし、いずれも「自分のために」ではなく、「人のために」した行動の結果という視点から見たものと言える。

人は、一人では生きてゆけない。人とのかかわりの中で、自分の存在を認識する訳だから、自分本位な自己愛だけでは幸せになれないということなんだと思うけど、大事なことは、人のためにしたことが、結果的に自分にかえってくるという点なんだと思う。

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運命か?、努力か?

2日前の記事で80対20の法則(パレートの法則)について書いたけど、比率の話として、僕が記憶に留めているものがある。

それは、松下幸之助の語録にある以下のような話である。

『運命が90パーセントだ、ということは残りの10パーセントが人間にとっては大切だということになる。いわば、自分に与えられた人生を自分なりに完成させるか、させないかという、大事な要素なんだということや。ほとんどは運命によって定められているけれど、肝心なところはひょっとしたら、人間に任せられているのかもしれん。運命が90パーセントだから努力しなくてもいいということにはならんね。けれども努力したら必ず成功すると考えてもあかんよ。しかし、成功するには必ず努力が必要なんや。つまり、残り10パーセントの人事の尽くし方いかんによって、90パーセントの運命の現れ方が異なってくる。生き方次第で、自分に与えられた運命をより生かし、活用できるというわけやね。』

というもの。90%が運命、10%が自分が努力できる余地

単純に比率だけで考えたら狭い余地だけど、この10%って、とてつもない10%なんだよね。だって、90%の運命を左右する10%ですよ。

わかりやすくイメージすると次のような感じになるんじゃないかと思う。

10%が「扇の要」の部分、90%が「扇」の部分ってな感じ。

10%の努力如何で90%の運命という扇の開き具合がちがうという訳。

今の世の中を見ていると、まじめに努力していることが、なんか馬鹿げているような錯覚にさえ陥りそうだけど、松下幸之助の努力に対する考え方に触れていると、考え方を誤ってはならないと改めて思うのである。

成功を信じて、努力することが第一。

そういえば、成功は80%が心理面、20%が方法論(技術的なもの)によるという話もあったけ・・・。(「1063人の収入を60日で41%アップさせた-目標達成する技術」マイケル・ボルダック著、堀江信宏訳)

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前向きな自己暗示はある意味大切

51m7574h4tl__ss500_ 「眠りながら成功する-自己暗示と潜在意識の活用(ジョセフ・マーフィー著、大島淳一訳)」という本、いろんなエピソードを交えながら、潜在意識の力について書かれている。

潜在意識の力といっても、詰まるところは、心の中でどう思っているのかということが最大の要点になっているということだと思う。

心の中で自分が求めている結果に対して、「そんなの無理なんじゃないか?」と実現の可能性を疑っていると、実現したいと表面的に意識している自分がいても、その気持ちとは裏腹に「無理かもしれない」と思っている本心の自分が潜在意識に受け入れられて、努力が空回りして実現を遠のかせる。

つまり、内心で無理だと思った時点で、自分で自分の可能性を否定してしまったから、実現できなくなってしまったわけ。

私はこの本を読んで納得できる部分は受け入れ、「これはちょっと???」と思う記述(時代的に古い記述がある)を割り引いて読んだ結果として、『実現出来るという思いを「顕在意識」「潜在意識」の両方でしっかり一致させて、目的達成に向けて、努力すること。』、これがこの本のポイントなんだと結論づけてみた。

成功するかしないかは、意外と心理的な影響が大きいと思うのだ。

たとえば、試験に合格したいのに、内心無理かもしれないと思いながら、勉強したって、合格できるわけがない。

「無理だ」という自己暗示を成立させてしまうよりは、合格して活躍している自分のイメージを自己暗示したほうが合格しやすくなることは想像に難くない。

前向きな自己暗示はある意味大切なものなんだ。

※ 過去に自分が書いたAmazonのレビューを加筆。

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80対20の法則

80対20の法則というパレートの法則を聞いたことがある人も多いと思うのだけど、

例えば、

・売上げの80%は、全顧客の20%が生み出している。

・都市の交通量の80%は、都市全体の道路の20%に集中している。

・仕事の成果の80%は、費やした時間全体のうちの20%の時間で生み出している。

・故障の80%は、全部品のうち20%に原因がある。

など、すごくシンプルだけど、あらゆる分野に応用できる黄金の法則

この法則を使えば、いままでより少ない努力で、いままでより大きな成果、利益をあげることができるという考え方。

確かにわかるよ、この考え方。

でも、結果を分析してみたら、おおよそパレートの法則が妥当するケースが多いということであって、最初から結果の80%をもたらしている重要な20%のファクターが何なのかなんて判断できないんだ。

経験を積み重ねた結果として、重要なファクターとそうでないファクターが判るようになり、その中でも特に重要な20%のファクターが何なのか?が判断できるようになる訳。

だから、パレートの法則は、シンプルな考え方なんだけど、それは、私たちが分析された結果を見ているからシンプルに感じるだけで、類似案件や過去に実績として事例があるような案件でなければ、即効性が期待できないことが多いのね。

新たな分野に最初からパレートの法則を適用するなんて、推測でしかできないの。

どうしても実務ではサンプリングを経る必要があるんです。

そして、分析して得た結果をプラスになるように活用することが大事なんだ。

分析して判った重要な20%のファクターに努力を集中すれば、80%の結果が得られやすくなるということなのです。

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道は無限にある

社会人になって、2年目(24歳当時)を向かえたときに、壁にぶち当り、仕事、人間関係などあらゆる面でギクシャクし、八方塞がりの状態に陥ってしまったことがあった。

こうなってしまったときの自分を思い起こしてみると、まさにやることなすことが空回りって感じだった。

なんとか取り戻さなければという焦りの気持ちばかりが先行し、思い悩む日々が続いた。なんか自分だけ異次元の世界にでもいるような感じだったな。

相談するといっても、カウンセラーでもない限り、悩み事の相談ほど答えづらいものはない。周囲に相談しても、話を聞いてはくれるが、なかなか納得いくようなアドバイスを得ることは出来なかった。

Isbn9784569695655 こんな状態の中で出合ったのが、「道は無限にある(松下幸之助 著 PHP研究所 刊)」であった。(左は2007年10月新装版(自分が読んだのは、これより前のもの))

八方塞がり状態にあった自分にとって、「道は無限にある」というタイトルそのものが、一筋の光明ように感じたことを今でも憶えている。

入社2年目だった自分にとって、この本の内容のどれもが自分を諭してくれるているような感じがした。

私にとって、「道は無限にある」が、松下幸之助の本との最初の出合いなんだけど、その後2年ぐらい間に、「人間を考える」「素直な心になるために」「指導者の条件」など松下幸之助の本を50冊以上は読んだ。そんな私も今や管理職。

「和民」で有名なワタミ代表取締役の渡邉美樹氏(わたなべみき)も、高校進学後、松下幸之助など企業家の本を読み漁ったそうだ。

彼は幼いころの苦境から貧乏は自分にとって最大の敵であると考え、小学6年の卒業文集で「絶対社長になる」と書いていて、将来起業するために読んでいた(「私が絶望しない理由 あの有名人9人の土壇場、修羅場、正念場」 プレジデント社 刊)。

入社して5年目ぐらいまでの若手社員のうちに松下幸之助の本を読み漁ってみることは、有意義で得られることがたくさんあると思う。もちろん、経験を積んでから読み返すと、また、それはそれで感じるものがあるはず。

実際、私は松下の本を読み進める中、得るものがたくさんあった。

会社組織が一種の偏った価値観をもっていても、自分として、「本来、こうあるべきだ」という明確な意識を持てるようになっていた。

だから、それぞれの本の細かい内容が記憶に残らなくとも、松下幸之助の考え方が感覚として、自分の中に残り、それらが仕事の中で、判断の中で活かされてくると思う。

もし、松下幸之助が生きていたら、日本の現状、外国の現状を見てどう考えるのだろうか?

今の日本に真の経営者って、どれくらい居るのだろうか?

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『自尊心』と『プライド』の違い

『自尊心』『プライド』の違いを説明するのは難しい。

広辞苑では、

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じそん‐しん【自尊心】

自尊の気持。特に、自分の尊厳を意識・主張して、他人の干渉を排除しようとする心理・態度。プライド。「―を傷つけられる」

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プライド【pride】

誇り。自尊心。自負心。矜持(キョウジ)。

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と意味を解説している。

まず、『自尊心』『プライド』が、ごちゃになっている人のために言葉の整理から試みてみよう。

『自尊心』『プライド』も、他人と自分を比較している点では共通しているのだけど、傾向が違う。

『自尊心』

自尊心は、自尊感情とも言い、自己の存在やありようを尊重する感情のこと(大切に思う感情のこと)。→ 自己信頼のもとに自分の人格を大切にする肯定的な感覚

『プライド』

傲慢、自惚れ、驕りの類で、自分が他人より上に立つこと(優位に立つこと)で、自分の人格を大切にする。→ 自己不信のもとに自分の人格を大切にする否定的な感覚

プライドという言葉に、なんとなく、『安っぽさ』『見せかけ』のニュアンスを感じるのは、こういった違いからくるんだと思う。

『自尊心』『プライド』は、同一視されることが多いけど、上のような定義で見てみると異なった言葉なんだと理解できると思う。

辞書では、『自尊心』=『プライド』になっているケースが多いけど、心理学とかでは区別されているケースが多いようだ。しかも、辞書と心理学では、ニュアンスが違うのだ。

「あいつは、プライドが高いから・・・」なんていうセリフを聞いたことがある人は多いと思うけど、プライドの高さは、その人の自信のなさの裏返しだと思うんだ。

つまり、『プライド』って、他人に対して、自分に自信がないことを隠すために、また、相手に舐められないようにするために、相手に対して必要以上に自分を大きく見せて、自分の存在を維持しようとする自己防衛なんだと思う(自己否定や自己嫌悪の裏返しの行為でもある)。

これに対して、自分を信頼している人、アイデンティティが確立されている人は、他人に認められようと自分を大きくみせる必要がなく、ここで定義した『プライド』をもつ必要がないから、自然体で振舞えるのだ。ある意味、「ワタシはワタシなんだから、ワタシらしく」ということをはっきり自覚できている人だと思う。

『自尊心』『プライド』も、他人と自分を比較している点は共通しているのだけど、心の矛先が自分に向かっているものを『自尊心』、他人に向かっているものを『プライド』と考えてみてもよいと思う。

自分と他人を比較して、自分との違いを相手に発見したとき、その違いを相手の『個性』として認めることができるのか、それとも、自己への『劣等感』として抱え込んでしまうのか、という感じ方の違いから、自分の普段の心の持ちようが『自尊心』を基点とするものなのか、『プライド』を基点とするものなのか、自覚できるんじゃないかと思う。

相手との違いを

個性として認められる。 → 心の持ちようが、自尊心が基点。

劣等感に感じてしまう。 → 心の持ちようが、プライドが基点。

僕は、あることがきっかけで、自分と他人を比較して、必要以上に負の感情を抱くことがナンセンスなことに気づいた(「必要以上に」と限定したのは、適度な負の感情は、劣等感ではなく、向上心に転換できるから)。それ以来、他人との無意味な比較はしない人生を歩んでいるので、僕の身近にもいる「負けたかないよ」って感じでツンケンした人を見ていると、この人、人格未熟でかわいそう、と思ってしまうのだ。

「ワタシはワタシというスタンスでいることが何故できないの?」という風に彼らのことが見えてしまうのね。

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定額給付金、税金の正しい使われ方とは何ぞや!

2008年(平成20年)10月30日に、日本の経済対策の一環として政府から発表された定額給付金の申請書が役所から送られてきた。

結局、定額給付金は、定額減税を振り替えたような、いわば税金の還付だから、国民が働いて納めた税金を国が給付(還付)するというのなら、国民は貰っておいた方が良いのは、ある意味当然だと思う。

定額給付金の経済効果って、あんまり無いような気がするのは、気のせいか?

給付金の類で経済効果が目に見えて上がったという話は聞いたことがない。

結局、国のあらゆる給付は、国民が納めた税金が元手になって、色々な名目に振り分けられているだけなんだよな。

国が、何らかの営利活動をして、生み出した利益を国民生活に還元している訳ではないから、給付金と言われても、国民はどうもシックリこないのだ。

これなら、定額減税で、年末調整なり、確定申告なりで、税金を還付してもらった方がスッキリした気分になれると思えてしまう感覚をもつのは間違いなんだろうか?

国が何らかの営利活動をしても、彼らには、経営の才覚がない(銭を稼ぐという意味での働く本当の苦労を知らない)から、法律によって、国民から吸い上げた税金という財源の重みを考えずに、税金を事業に投入しても生み出されるのは、負債ばかりということになるんだと思う(大きな箱物施設を作って、毎年累積大赤字なんてざらだよね、報道の通りで・・・)。

公務員の給料、退職金(俸給・手当・恩給)は、私たち企業人のように自ら汗水して働いて得た利益から支払われる給料とは、性質が異なる。あくまでも税金なのだ。

彼らが勤務する庁舎、使う机、イス、筆記用具、そして、普段の生活費(衣服、食費、子の養育費)など、あらゆる支出は、国民が納めた税金から捻出されているのだ。

税金が、彼らが汗水して働いて得た本物の利益ではない以上、政治家、官僚、公務員の訳のわからない無駄使いをやめて欲しいというのは、一般国民として、ごく当たり前の感情だと思う。

日本経済の底上げは、国民の底辺層を引き上げ、中流意識が持てる施策を打つことではないだろうか?

また、内需拡大のための施策を打つことが必要なんじゃないか?

これらのことをしない限り、日本経済は、海外景気の影響をただ受けるだけの腑抜けな経済で浮上しないと思う。

まずは、税金の無駄遣いを性根から改め、国民生活を豊かにするための施策、日本の建て直しを真剣に取り組む施策を考えて欲しい。

お役人さん、本当に、国民の幸せ、自国の再建を性根から考え直さないと国自体がまわらなくなりますよ。

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『この木なん木、気になる木』から『iPod』まで

Konoki「この木なん木、気になる木」で、おなじみのハワイ・オアフ島にあるMonkey Pod(モンキーポッド)の大樹です。

ワイキキから車で30分ほどのホノ ルル国際空港に程近いモアナルア・ガーデン公園にあります。CMの撮影やハワイの名所としてツアー客が訪れる場所です。

この木、一つの大樹に見えてますが、複数の木が集まっているんですよ。

Monkey Pod(モンキーポッド)の名前は、お猿さんがその実を好んで食べることから付いた名前で、Podは、エンドウ豆などの「さや」の意味を表します。

Monkey PodのPodで思い出したのが、iPod

Ipod iPodiは、 internetindividualinstructinforminspire の意味。

Podの意味には、上記のエンドウ豆などさやの他に、飛行機、自動車、船、宇宙船などに付く脱着可能な特定の機能を持つ装置という意味もあるんです。

なので、iPodは、Mac やパソコンに付く脱着可能な装置 → 音楽を持ち歩いて聴く機能を持つものということになります。

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「ホー、ホケキョ」と鳴かないウグイス

今朝、目覚めたら、外でウグイスらしき鳴き声、毎年、ウグイスの声は耳にするのだけど、ここ2、3年、まともに「ホー、ホケキョ」と鳴ききった声を聞いていない。

「ホー、ホー」とか、「ケキョ、ケキョ」とか、なんか元気ないんだな。

昔は、「ホー、ホケキョ」と鳴く声を聞いていただけに、こんな小動物にも、地球温暖化の影響が季節感のズレとして出てきているのかと考えさせられてしまった。

江戸川の河川敷にでも行けば、まともに鳴くウグイスの声が、まだ聞けるかもしれないけど、昔よりウグイスの数が減っているのは確かだ・・・

かわりに、カッコウが増えたかも?

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最近は、なぜか充電式電池

5l1h3oceq エコを意識してる訳でもないんだけど、なぜか充電式電池を使うようになった。

使いきり式電池は、充電式より使える時間が長いのは判っているのだけど、使い切ったあとの処分がいまひとつ面倒、普通ゴミって訳にはいかないし・・・・

まさか、普通ゴミに、こっそり混ぜて、捨てちゃってる人って、いたりして・・・、いけませんよ。きちん電池回収指定日のゴミの日に出すか、最寄の電器店の回収ボックスに入れましょう。

最近の充電式電池は、1000回、1500回以上繰り返し充電できるもの、フル充電して1年、2年後でもすぐに使えるとか、ひと昔前の充電式電池とはちがって、かなり能力が上がっている。

ワイヤレスのパソコンキーボードやワイヤレスマウスで使っても、結構使えるようになったし、乾電池の廃棄が減らせるとすれば、これもちょっとした個人が出来る環境対策なのかもしれない。

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最短で結果が出る超勉強法

51yihkzwlpl__ss500_ 最短で結果が出る超勉強法  荘司 雅彦 (著)  (1,470円)

一日5分の黄金作業
・「一日5分の黄金作業」の項に、記憶にとって必要なことが、とてもコンパクトに書かれている(「反芻」、「復習」、「前々回」、「定着」、「辛抱」がキーワード)

・「きっちり暗記しておかなければ、「覚えたけれども忘れてしまった」などという資格はありません」と書かれている。

→ 確かにその通りだと納得。記憶を確かなものとするためには、覚える項目を決めて、その決めた項目について、完全に覚え切ったというところまで、一度もって行く必要がある。一度、覚えきった経験もなく、「覚えたけれども忘れてしまった」とはいえないから・・・

・学習での繰り返しには、二つの場面があると私は考えている。まず、一つ目は、暗記項目を完全に覚えきるまでの繰り返し(範囲を限定して、その範囲を一度完全に覚え切るまでの繰り返し)、二つ目は、その後、覚えきったものを維持するための繰り返し、です。

ここまでやって、忘れたとすれば、「覚えたけれども忘れてしまった」といえると思う。

・勉強法に関する本をいままで、何冊か読んできたが、学習者が必ず感じる思いに対する回答的なものが、他書ではなかなか触れられていないが、本書では、書かれていたと思う(読む人それぞれに感じ方が違うので、どこのページとまでは、書かないが・・・)。

※ 過去に自分が書いたAmazonのレビューを加筆。

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記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方

51z7fv7dt0l__ss500_ 記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方(ブルーバックス) (新書) 池谷 裕二 (著) (1,029円)

学者ではない自分に記憶の仕組みを科学的に理解させてくれる本

だいたい記憶力について、関心をもつきっかけは、自分が「もの覚え」が悪くなったなとか、どうして、あの人は色々と覚えているんだろうとか、そういったことがきっかけになって、「手っ取り早く覚える方法は無いかな?」と考えて、まず、「記憶術」や「記憶法」に関連する書籍を読み始める。

そして、記憶術などの書籍を読んで、実践してみても、なかなかうまく活用できず、今度は、「記憶の本質って何だ?」と記憶自体に疑問を持ち始め、記憶に関係する書籍を読み始める場合が多いと思う。 かく言う自分も、このステップを経て、「記憶力を強くする」にたどり着いた。

この本は、どのような経過で脳がものごとを記憶していくかということに焦点を絞って、脳が記憶していく仕組みを書いているので、私みたいな経過をたどってから、読む者にとっては、役に立つ。

この本を読んでから、あらためて「記憶法」や「勉強法」の本を読み返すと最初に読んだ時よりも内容の理解が促進される。

51yzzy9yqel__ss500_ 同じく池谷氏が著者の「最新脳科学が教える 高校生の勉強法」(945円)は、「記憶力を強くする」をやさしく書いているので、勉強法に役立てる目的なら、「最新脳科学が教える 高校生の勉強法」を、記憶の仕組みをさらに詳しく理解したいなら、「記憶力を強くする」を読めば良いと思う。

※ 過去に自分が書いたAmazonのレビューを加筆。

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いじめられている側が悪いのか?(劣等感)

いじめられている側が悪いのか?、いじめている側悪いのか?、といった場合、「いじめられている側にも原因があるんだ。」といじめている側は、よく主張する。

そこで、いじめている側に、「どういう理由でいじめているのか答えてくれ。」というと、答えようとしない。もしくは、「原因は、お前にあるんだ。」という捨て台詞が返ってくる。

いじめの本質は、いじめられている側に何か問題があるというよりも、いじめている側の「心」や「精神性」に問題があるケースが多いのである。

答えられないことを根拠にいじめているケースがほとんどで、その根拠とは、おおよそ、自分といじめている相手を比較して、相手の中に、自分の自尊心や優越心を上回る要素を見つけ、嫉妬や妬みなどの劣等感を抱き、自分の中で処理しきれない気持ちの矛先を相手に向けているだけというもの。

また、相手の中に欠点を見つけて、馬鹿にしたり嫌がらせをしたりして、自分の自尊心や優越心を守るといったようなものである。

だから、加害者側に、理由を問いただしても、「お前に劣等感を感じているから、いじめているんだ。」などという情けない理由を答えることが出来ない。

だから、いじめられている人たちに言いたいことは、いじめている側の人間は、「精神性が非常に幼稚である。」ことをしっかり認識して、毅然とした態度で、いじめてきている人間に臨む必要があるということである。

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SOYJOYプラスCa(バナナ)

5l1g80bwx_6 ” 恋のから騒ぎ ”第15期生だった内藤 里奈さん、お勧めのSOYJOYプラスCa(バナナ)です。

里奈さんのBeauty-Navi Official Model ブログ『内藤 里奈のキレイ★Diary』

-引用はじめ-

実はこれ、最近新発売されたバナーナSOYJOY。

もし食べたことない人がいたら、絶対食べてください!

てか食べて!

いや、食べろ!!(笑)

必ずあなたを満たしてみせる!

内藤にだまされた~って言って買ってください。

ほんと、バナーナ食べてる気分になれるよ。

お猿さん気分になれるんだよ。

すばらしい食べ物でしょ?

-引用おわり-

と言ってます!、お試しあれ。

デスクの引き出しにSOYJOY、ストックしておくと、小腹すいたとき、ちょっとしたオヤツによいよ。

SOYJOYには、オリジナルシリーズ(7種類)、プラスシリーズ(3種類)の計10種類が大塚製薬から発売されている。(この記事作成日現在)

SOYJOYは、豊川悦司さん、田中麗奈さん、薬師丸ひろ子のCMでもおなじみの製品だけど糖質の吸収がおだやかな低GI食品というもので、大豆製品であるためウエストまわりが気になる方にもおすすめ。

GI(グリセミックインデックス)は、食品に含まれる糖質の吸収度合いを示すもので、GI値が低いほど、太りにくいと言われている。

【 G I 値 】
70以上を高GI値食品
56~69を中GI食品
55以下を低GI食品

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DO YOU DREAMS COME TRUE? (ドリする?)

51jhf339wtl__ss400_ 3月21日発売のドリカムの「DO YOU DREAMS COME TRUE? [Limited Edition] 」を聴きながら、特に目的地も決めずドライブした。(でも、走ったのは知ってる道だけどね)

ドリカムのデビューは、ちょうど自分の学生時代に重なることもあり、デビューアルバムの「Dreams Come True」の頃から聴いている。

『デビューアルバムのタイトルが、「Dreams Come True」、いきなりグループ名なの?、これって、10年、20年続いた歌手が集大成でよくやることじゃん!!』

と思ったことを覚えている。

でも、ドリカムも今や20年、こっちも歳とった訳よね。

吉田美和さんの歌声が、自分の耳に馴染んでいるのは確かだ。でもカラオケじゃ、なぜか歌ったことないなぁ。(高い声が出ないからかも・・・)

どうせなら、3枚セットで販売して欲しかったな・・・

ディスク:1
1. a song for you ~opening theme of dydct?~ 
2. MERRY-LIFE-GOES-ROUND 
3. 連れてって 連れてって 
4. TO THE BEAT, NOT TO THE BEAT 
5. あぁもう!! 
6. 大っきらい でもありがと 
7. サヨナラメーター/タメイキカウンター 
8. TRUE, BABY TRUE. - EXTENDED VERSION   
9. MIDDLE OF NOWHERE 
10. ALMOST HOME 
11. GOOD BYE MY SCHOOL DAYS 
12. a love song 

ディスク:2 
1. 何度でも 
2. きみにしか聞こえない 
3. 大阪LOVER 
4. マスカラまつげ 
5. SNOW DANCE 
6. はじまりの la 
7. いつのまに 
8. JET!!! 
9. ア・イ・シ・テ・ルのサイン ~わたしたちの未来予想図~ 
10. 好きだけじゃだめなんだ 
11. もしも雪なら 
12. やさしいキスをして 
13. PROUD OF YOU 
14. 空を読む 
15. 未来予想図II ~VERSION '07~ 
16. WINTER SONG ~ DANCING SNOWFLAKES VERSION ~ 
17. LOVE LOVE LOVE -ENGLISH VERSION- 

DVD版は、「WINTER FANTASIA 2008 ~ DCTgarden "THE LIVE!!!"」が収録されている。

ディスク:2 
1. 初雪 ~ENDING THEME~ 
2. サンタと天使が笑う夜 
3. SNOW DANCE 
4. LAT.43°N ~forty-three degrees north latitude~ 
5. プライドなんて知らない 
6. 雪よ!大地よ!ファンピーよ!! 
7. Street Life 
8. ラヴレター 
9. おやすみのうた 
10. カノン 
11. CARNAVAL ~ すべての戦う人たちへ~ 
12. MIDDLE OF NOWHERE 
13. 連れてって 連れてって 
14. 冬三昧にはまだ遠い 
15. WINTER SONG ~ DANCING SNOWFLAKES VERSION ~ 
16. LOVE LOVE LOVE

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顧客心理は、ちょっとしたことで変わる!

今日、カーナビで音楽をSD再生しようと思ったら、データを認識しなかった。
何で?、と思って、ナビのオーディオ・マニュアル読んでみた。

そしたら、セキュアAACか、セキュアMP3じゃないと再生できないと書いてある。
何じゃこりゃ?

CD-ROMで、MP3、WMA形式の音楽は再生できるから、ナビのCDで聴けばいいやとは、思ったものの、一応、セキュアAAC対応の変換ソフトをネット検索する。

AACに変換できるフリーソフトは、iTunes8 が対応していた。でもセキュアAACは駄目。

更に検索するとセキュアAAC対応のSD-Jukeboxとやらを発見!

でも、フリーソフトじゃないんだな、これが・・・

AppleやRealは、フリーである程度、変換対応してくれているのに、 SD-Jukeboxは、何で売り物なのと思ってしまった(有償、無償はメーカーの都合だからしかたないけどね)。

著作権保護とか、メーカー側の顧客確保など目的や狙いがあるんだろうけど、あらかじめ変換ソフトをフリーソフトで提供しておいたほうが、顧客獲得には有利だと思うんだけどね。

有償の変換ソフトを使わなければ、本体製品が使えないメーカーの製品なら、変換ソフトをフリーで提供してくれているメーカーの本体製品を使った方がいいやって、思うのが、ユーザー心理だと思うし、使い勝手が悪い印象がついたメーカーの製品って、次回候補から消えると思うのだが・・・

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法人の特別清算

自分が所属している会社じゃ無いけど、関連会社を解散し、清算することになりそうだ。

破産、特別清算、任意整理と手法(スキーム)は、いくつかあるけど、どうやら債務絡みで特別清算の手法となりそうだ。

そこで、特別清算について、ポイントだけ整理してみた。(清算手順を整理して書いたら、たぶんブログが超長文になりそうなので割愛!)

特別清算って何だ?

・特別清算は、解散した株式会社に債務超過の疑いがある場合などに、債権者、清算人、監査役、または、株主の申立てによって裁判所の監督下で行われる清算。

※.清算会社に債務超過の疑いがあるときは、清算人に申立する義務がある。

・特別清算の大前提として、①株式会社であること、②解散していること、が必要。

(1).特別清算のメリット

・破産ほど手続が厳格でなく、簡易、迅速に会社を清算できる。

・会社が選任した清算人が財産の管理や処分を行える。

・破産に比べ、特別清算だと ”倒産” のニュアンスが薄れる。

→親会社が赤字不採算の子会社を消滅させたい場合に、

破産手続…社会的な影響が大きく、グループの信用を損なう恐れが強い。

特別清算…グループのイメージダウンを最小限にする効果あり。

(2).特別清算のデメリット

・特別清算手続を利用できる場合が限定される。

株式会社の解散には、株主総会の特別決議(総議決権の過半数の出席および出席した株主の議決権数の3分の2以上の賛成)が必要。(会社法第309条第2項第11号)

なので、100%子会社の場合(または親会社が子会社株式の大部分を保有している場合)や同族会社の場合でないと解散決議を可決させるのは容易じゃない。

・債権者に対する弁済計画となる協定案に対し、債権額の3分の2以上の同意が必要。(会社法第567条)

・特別清算では、破産の場合の管財人に認められる「否認権」と同様の制度がない。偏った弁済や財産減少行為の効力を否定できない。

・債権確定の制度がない。→早期の債権確定が困難。

(3).特別清算手続の手法(スキーム)

親会社が特別清算により子会社を整理する場合

・子会社の場合、株式は親会社がその大部分を所有→解散決議の成立は容易。

・問題は、協定案に対する債権者の同意→特別清算手続開始前に、親会社が子会社の債務を全て弁済するか、親会社が全ての債権を買い取るかして、子会社の債権者が親会社だけの状態にすると協定案は可決しやすい。

→ただし、協定回避に和解という手段もある。

・親会社だけが債権者の場合、親会社と子会社の間で「個別和解を成立」させれば、「協定と同じ効果が得られる」ため、協定案の作成・提出、協定案の債権者集会での可決、協定案の裁判所の認可という手続が不要になる。

・親会社による株式一本化と債権集約(買取り、弁済)による子会社整理は、税務上の損金処理でもメリットがある。つまり、親会社は、子会社整理損ではなく、債権の全額を貸倒損失として処理することができる。

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意外と便利だったワイヤレスとネックストラップヘッドホン

DoCoMoのBluetooth対応携帯電話P906iを使っているのに、携帯電話のAV-OUTにイヤホンを差し込んで使っていた。

ワイヤレスイヤホンだと、普通のステレオイヤホンよりも少々値段が張るし、充電する手間も必要になるという訳で使っていなかったのだけど、ほぼ毎日、ジャックの抜き差しをしている訳で、そのうちにガタがくるような気がしてきたのだ。

そこで、 専用のワイヤレスイヤホンセット 02 (6,825円)21dhiin97bl__sl500_aa280__2

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Panasonic ネックストラップヘッドホン(ホワイト) RP-HNJ35-W(オープン価格)を購入して、

組み合わせて使ってみたところ、意外と便利だった。

ネックストラップヘッドホンは、首にかけることができるので、楽だし、意外と重低音だったりする。

欠点と言えば、ワイヤレス本体には、クリップがついていて、ポケットの淵に、はさめるように出来ているけど、やっぱり落下紛失に注意が必要というところ。

充電の手間は、携帯とワイヤレスを同時に充電できる二股ケーブルが、ワイヤレスイヤホンセット02に付属しているので、携帯と一緒に充電すれば、さほど手間もかからない。

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考えが煮詰まるとよく行く場所

2009040806590000_4 仕事で考えが煮詰まると良く足を運ぶ場所が、ここ。

言わずもがなで、よく知られている場所です。

そう、安田講堂(東大・本郷)です。

講堂脇の枝垂桜も、4月6日当たりが、見ごろだったのか、もう、葉桜になっている。

大学構内に入ると静かだし、講堂前には、円周状にベンチがある。

大学紛争の時には、無かったベンチ達だけど、このベンチに座って、一度、「無」になって、煮詰まった考えをもう一度最初から整理し直してみる。

そうすると「あっ!」と思い浮かぶことが多い。

仕事場では、「無」になっている時間なんてあんまりない。周囲の雑事に追われて、中途半端にしか思考出来ていないみたいだ。

これじゃ、本当は困るんだけど・・・

でも、よく考えてみれば、気分転換によく来てるかも・・・

2009040807000000_5 講堂の入り口には、『日本海洋学会 春季大会』のタテ看板がたっていた。研究成果の発表でもされているのだろう・・・

2009040816190000 職場の近くにある公園なんだけど、桜は満開!!

みごとに咲いている。同じ日なのに・・・

場所によって、咲き具合いが微妙にちがうみたい。

子供たちが、縄跳びしたり、サッカーしたり、賑やかにやっている。

桜のそばでは、お母さんたちが談笑会!!

日を追うごとに暖かな気候になっている。

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